
【2013-2014】みきてぃアジア放浪記。旅は“タイの睡眠薬強盗”からはじまった――。
旅と自動車をテーマにしたライフスタイルWEBマガジン『Get on!』編集長“みきてぃ”こと三木が2013年から2014年にかけて、1年6カ月にわたって海外放浪した旅行記。旅から10年以上が経過した世界の変化も含めて、当時を振り振り返ります。
はじめての一人旅、バンコクで2日間昏睡状態に

睡眠薬強盗にあって辿り着けなかったワット・ポーだが、その後の海外放浪で立ち寄ることができた(写真:三木 宏章)
「旅は“タイの睡眠薬強盗”からはじまった――」という物騒なタイトルで恐縮だが、海外放浪のきっかけからお話したい。まずもって私、当時は旅行にまったく興味がなく、雑誌編集者だったので仕事で日本全国を飛び回っていたが、海外は片手の指で収まるくらいの回数しか行ったことはなかった。それもプライベートではなく、すべて仕事。そのため「ひとり人旅なんて、何が楽しいの?」と思っていたくらいだ。
20代前半で飛び込んだ自動車雑誌の編集部は、長期休暇なんてものは皆無で、趣味もクルマだったので、クルマ漬けの毎日だった。その後、転職して別の出版社に入社して間もない頃、GW休暇をもらったので、「海外でも行ってみるか!」と、思いつきでタイ旅行に出かけた。それが27歳の頃だ。
ちなみに当時は、バックパッカーなんてスタイルも知らず、なんとなく3泊5日くらいでバンコク旅行を計画した。とりあえず航空券とホテルだけ予約して旅立った記憶がある。泊まったのも安宿ではなく、ツアー旅行でよく使われている中級ホテルだ。
はじめての海外ひとり人旅、はじめてのバンコクという地は、刺激的だったことを覚えている。スワンナプーム国際空港からタクシーでホテルに行き、翌日は「王宮とワット・プラケオ(エメラルド寺院)」から「ワット・ポー」、「ワット・アルン(暁の寺)」と、定番のバンコク三大寺院を巡る・・・はずだった。

ワット・アルン(暁の寺)にもバックパッカー中に訪れた。その後もバンコクに行った際には何度か訪問している(写真:三木 宏章)
“はずだった”と書いたのは、「ワット・ポー」と「ワット・アルン(暁の寺)」に辿り着けなかったからだ。王宮とワット・プラケオ(エメラルド寺院)の観光を終え、ワット・ポーを目指して歩いていたとき、「俺も旅行者なんだ!一緒に観光しないかい?」と、自称ツーリストの男に声をかけられた。そのとき、「まぁ昼間の観光地だし安心かな?」と一緒にワット・ポーを目指すことに。その道中、ワット・ポー近くの公園的な広場に立ち寄ったとき、その男は「暑いだろう」とアイスコーヒーを奢ってくれた。それを飲み干し、さらに「これも飲め」とペットボトルの水もくれたので、ありがたく頂戴する。
そして、目が覚めたら自分のホテルだった。コーヒーを飲んでから記憶がない。どうやってホテルまで戻ってきたのかすらわからない。当時のバンコクでは、睡眠薬なども薬局で簡単に手に入ったので、こういった類の犯罪が横行していたのだ。ちなみに今は、犯罪が増えたことから睡眠薬などの購入には処方箋が必要になったと聞く。
目が覚めた瞬間、「なぜ、ここに?」と驚いたが、冷静に「やられた~」と直感でわかり、持ち物をチェックすると、カメラや腕時計、現金など、金目のものがなくなっている。ただ、クレジットカードやパスポートなどは残っていた。今にして思えば、足のつきそうなものは残していったのだろう。その後に「身体は大丈夫なのか?」とシャワーを浴びながらチェックする。臓器売買で金品だけじゃなく、内蔵なども奪われるなんて噂を聞いたことがあった。ただ、見たところ、とくに問題なかった。
これがタイトルの“タイの睡眠薬強盗”というわけだ。

睡眠薬から目覚め、のんきにトゥクトゥクに載せてもらった記念写真。この時点では、2日間も寝ていたことは知らない(写真:三木 宏章)
ただ、たっぷり寝たからなのが、すこぶる体調はよかった。そこでササッと準備を済ませて観光を再開。1日、バンコクの街をブラブラして、夕方頃にホテルに戻ると、なぜかホテルのカードキーが反応しない。フロントに行くと、「チェックアウトの時間を過ぎている」と言われ、頭が真っ白になる。大急ぎで日時を調べると、三大寺院観光をしてから2日が経っていた。
睡眠薬を盛られて1日寝ていたのかと思ったら、2日間も昏睡状態だったのだ。2日間も寝ていたということは、相当強い薬を飲まされていたはずだし、命の危険もあっただろう。しかし、それよりも帰国の飛行機に間に合わなくなることで頭がいっぱいになり、事情を説明して部屋を開けてもらい、荷物をまとめて、大急ぎでスワンナプーム国際空港にタクシーで向かった。
半年後に仕事を辞めて、バックパッカーの世界へ

1年6カ月の旅をともにしたバックパック(写真:三木 宏章)
そんな経験をすれば、普通なら海外が怖くなって旅行なんて出かけないだろう。ただ、なぜか自分は「海外を知らない自分が恥ずかしい」「もっと旅をして世界を知りたい」と思ってしまったのだ。そして帰国してから半年ほど貯金に勤しみ、2013年2月に60万円を握りしめて、半年間の海外放浪へ。最初の国は、英会話学校での学習も兼ねてフィリピンとし、実家のある三重県に立ち寄ってから関西国際空港からマニラへ飛んだ。
「1カ月あたりの予算は10万円、半年もあれば東南アジアをまわって、インドを超え、アジア最西端のトルコ・ババ岬?それともユーラシア大陸最西端のポルトガル・ロカ岬?もしかしたら世界一周できるかも?」なんて、ぼんやりと考えて旅立ったのだ。実際のところ、半年経っても東南アジアすら抜けておらず、さらに予算も減ってきたので、オーストラリアのワーキングホリデーVISAを取得。タイからシンガポールを経由したオーストラリアのゴールドコーストを目指した。そして半年間のバイト生活を送り、そこで貯めた予算で後半の放浪に出るのだが、そのあたりは今後の旅行記にて。
20代最後の大冒険、知らない世界を知る

ミャンマーのインレー湖で出会った首長族の女性たちと筆者(写真:三木 宏章)
28歳から30歳にかけての海外放浪は、驚きの連続だった。また、旅が生活になる感覚は、なんだかとても心地よく、まったく海外旅行に興味のなかった筆者だが、今では年に1回が海外に行かないと調子が悪くなるほどの身体になってしまった。そんな旅が日常になるような日々を伝えたい、そんな想いもあり、“タビ”というテーマをWEBマガジン『Get on!』のひとつの柱にしたいと思った。
今回は序章となるが、次回からはフィリピン、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア、ラオス、ミャンマー、中国、キルギス、カザフスタン、ウズベキスタン、ジョージア(グルジア)、アルメニア、イラン、アラブ首長国連邦(UAE)、スリランカとまわった国々の思い出や出会い、また文化、そして10年以上が過ぎた今だからこそ感じることなどを綴っていきたい。


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